過去の展覧会
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ここでは、食にまつわる絵画作品を紹介します。18世紀後半から19世紀にかけて、英国では経済的な発展が進み、裕福な中産階級が台頭するようになります。この新しい絵画の顧客層は身近な光景を描いた作品を好み、中でも農村や市井の人々を描いた風俗画が人気を集めるようになります。家族総出の収穫作業、牛を使って畑を耕す場面、庶民が行き交う露店や行商の風景のほか、美しい「庭」としての機能をそなえた家庭菜園「キッチン・ガーデン」や田舎風の趣向をこらした「コテージ・ガーデン」もしばしば描かれました。こうした食にまつわる絵画作品から、食材がどのように作られ、どのように人々のもとに届けられたかに、英国の画家や鑑賞者が関心をもっていたことがうかがえます。
英国由来の野菜は数が少なく、古くから食されていたのはアブラナ科のキャベツやダイコン、カブ類と言われています。穀物は小麦のほか、寒さに強いオーツ麦やライ麦が栽培されていました。また豆類もよく食されていました。1492年にコロンブスがアメリカ大陸に到達すると、アメリカを原産とするジャガイモ、トウモロコシ、トマトなどの野菜が、新しい食材としてヨーロッパに伝えられます。こうした野菜は16世紀にはすでにイギリスに紹介されていましたが、一般に普及するまで時間を要します。例えばトマトは観賞用として流通、トウモロコシはおもに植民地の奴隷のための食物でした。しかし19世紀後半になるとジャガイモ、タマネギ、キャベツ、カリフラワー、ビーツ、アスパラガスなど、現在とほぼ変わらない種類の野菜が、英国の食卓に並ぶようになります。
19世紀後半、現在とほぼ変わらない種類の野菜が英国の食卓に並ぶように
ロンドン園芸協会(のちの王立園芸協会)お抱えの画家、ウィリアム・フッカー(1779-1832)は協会のために花や果物の原画や手彩色の版画を制作し、特に果物画で優れた作品を残しました。フッカーの代表作『ポモナ・ロンディネンシス』は、ロンドン近辺で栽培されている果物49種をとりあげて、個々の品種について解説文と手彩色の銅版画の図版を付した書籍です。ポモナとはローマ神話の果樹と果実の女神の名で「ポモナ・ロンディネンシス」は「ロンドンの果物」という意味です。図版のモデルになった果物標本はロンドンのほか郊外の種苗業者や植物園で採集されたものが多く、ロンドン園芸協会をはじめ園芸愛好家からも提供されました。
写実的で迫真的かつ、みずみずしい果物を描いた手彩色の銅版画40点(40種)を紹介
第2章紹介作品すべて ウィリアム・フッカー 1818年 スティップル・エングレーヴィング、アクアチント、手彩色/紙 個人蔵 Photo Michael Whiteway
英国を魅了した東洋のエキゾチックな飲み物
お茶よりも早く英国社会に浸透
19世紀前半まで高価で贅沢だった飲み物、チョコレートの原料
嗜好品からビールに代わる労働者のカロリー源に
陶磁器や銀器など豪華な茶道具がテーブルを飾る
18世紀の初め頃になると、果物が食後のデザートとして提供されるようになります。その多くは英国の国外から伝えられたものでした。例えばザクロは南ヨーロッパから、モモはインドや中国から、スイカはエジプトやインドから伝えられました。こうした舶来の果物の中でも、特に珍重されたのがオレンジやレモンなどの柑橘類です。どちらもインドやヒマラヤ地方を原産とする植物で、アラビアを経由して欧州に伝わりました。気温が低く日照時間が短い英国では、霜にあたらないように柑橘類専用の温室「オランジュリー」が欠かせませんでした。柑橘類のほか、温室でなければ育たない果物は、19世紀までは英国富裕層のぜいたく品であり、晩餐会でどのように演出するかに注目が集まりました。
家庭での簡単な治療に、薬として活用されていたのがハーブです。近代に入るまで、各家庭では庭に生えるハーブを受け継がれた処方にもとづき調合していたと考えられています。コショウやシナモンに代表されるスパイスは、ハーブ同様に保存料や薬品として古くから活用されていました。ただしスパイスの多くはアジアを原産地としているため稀少で、高値で取引されていました。しかしスパイスの需要は高く、15世紀になると欧州各国はアラビアを経由せずにアジアに到達するルートを模索しはじめます。英国はポルトガルとスペインに続くかたちでスパイス原産地の争奪戦に参加し、18世紀にはインドやシンガポールなどを植民地としました。
ロングセラーとなった一般大衆向け植物図譜『カルペパー薬草大全』
ニコラス・カルペパー《『カルペパー薬草大全』》1814年(初版1653年) エングレーヴィング、手彩色/紙 個人蔵 Photo Brain Trust Inc.
18世紀から19世紀にかけて、農耕技術の進化や流通の効率化により、都会の一般家庭でも様々な作物が手に入るようになりました。またプラントハンターたちの活躍により海外から導入された新しい食物が、次第に普及し始めていきます。そのため新しい野菜や果物をどのように使うか、各家庭において指南書が必要となりました。印刷技術が普及するまでは手書きのレシピ帖が、19世紀にはいると家庭向けの雑誌や書籍が指南書として活用されました。
展示室内にはフォトスポットとして、ヴィクトリア朝の主婦のバイブル『ビートン夫人の家政読本』を参考にした19世紀のテーブル・セッティングを再現。また、スコーンやトライフル、リンゴのタルトなど、英国伝統菓子のレシピを山本麗子氏(料理、菓子研究家)の協力により紹介します。