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第1章 ゴーリーって誰だ?
1943年、ゴーリーはハーバード大学に入学。学生時代のドローイングには、前方に長く伸びた独特な顔の人物が描かれています。この人物は、ゴーリーが憧れを抱いていたルームメイトのトニー・スミスとも、ゴーリー自身ともされ、1953年に出版された最初の著書『弦のないハープ または、イアブラス氏小説を書く。』の主人公・イアブラス氏へと結実します。本章では、小説の執筆に苦悩するイアブラス氏や、『うろんな客』(1957年)に登場する不思議な生きものなど、自身を投影したともされる人物像から、ゴーリーの横顔に迫ります。
第2章 絵の中の秘密
エドワード・ゴーリーがテキストとイラストの両方を手掛けた「主著(Primary Books)」と呼ばれる著作は、ゴーリーの真骨頂ともいえる作品です。古語や押韻を用いた独特な文章と、モノトーンの緻密な線描で生み出されたイラストは、時に読者を不安に陥れる一方、不思議な魅力にあふれています。本章では、様々な視点を通じて代表作を紹介し、ゴーリー作品の魅力を読みときます。
第3章 優雅な挿絵
ゴーリーが他の作者の詩や書籍に挿絵を提供した作品は、 ゴーリーが関わった仕事を網羅した 『ゴリオグラフィー (Goreyography) 』 (ヘンリー・トゥリーダーノ著、1996年) にて「二次的著作(Secondary Book)」と呼ばれています。すっきりとした画面構成でスタイリッシュな『ツリーホーンのたからもの』(文:フローレンス・パリー・ハイド、1981年)や、水彩を用いた淡くやわらかい色が特徴的な『サムとエマ』(文:ドナルド・ネルセン、1971年)など、物語に寄り添った挿絵からは、「主著」とは異なるタッチや雰囲気を味わえます。本章では、日本初公開の『ブレア・ラビットのトリックの続き』(文:エニス・リース、1968年)の挿絵原画をはじめ、その仕事の一端をご覧いただきます。
挿絵・原画 1982年
第4章 ブックデザイナー ゴーリー
ゴーリーは1953年に出版社ダブルデイに就職すると、「アンカー叢書」に所属し、本に関する仕事に本格的に携わり始めました。「アンカー叢書」において、ゴーリーがブックデザインとタイポグラフィを手掛けた作品は 50冊以上にのぼり、タイポグラフィのみを担当した作品はそれ以上ともされています。表紙から本文に至るまで行き届いたデザインは、シンプルながら50年以上経った現在も色あせることがありません。ブックデザインや挿絵の仕事は、文学作品のみならず科学雑誌や教科書にもおよび、さらには雑誌や新聞の挿絵を継続的に請け負うようになります。ゴーリーが生前最後に手掛けたとされるのも、まさに雑誌『ニューヨーカー』の挿絵でした。
第5章 ゴーリーと舞台芸術
ゴーリーは自他ともに認めるバレエ好きで、1957年頃から、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)のすべての公演を見たといいます。振付師をつとめていたジョージ・バランシンを敬愛し、バレリーナとの交流を通して、バレエを主題とした作品を生み出しました。晩年、ボストン近郊のケープコッドに移り住んだゴーリーは、演劇やコンサートにおける舞台やポスターのデザインを気軽に引き受けていたようです。自ら演劇の脚本を執筆するなど、当時の作品や資料からは地元住民との協働を楽しむ様子が伺えます。
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