• 2021年12月22日 風景画のはじまり―【1】コローと19世紀風景画の先駆者たち

    19世紀初頭、風景画制作は大きく変化しました。アカデミーの教授であったヴァランシエンヌは1800年の著作の中で、アトリエで制作を始める前に戸外で自然研究を行うことの重要性を説きました。室内での制作が絶対視されていた当時にあって画期的なことでした。

    これを受けアカデミーのローマ分館で戸外制作ブームが起こります。そして実景から理想的情景を生み出す手法は、ヴァランシエンヌに師事したミシャロンとベルタンを経て、コローへと引き継がれていきました。

    コローは旅先で描きためたスケッチをもとに詩情溢れる風景画を手がけました。1865年から1870年に描かれた《アルバーノ湖の思い出》はローマ南東の湖に取材しています。画家は1820年代のイタリア滞在時に戸外スケッチでこの場所を写し取っていました。見たままの光景を捉えたスケッチとは対照的に、本作では風景全体を包み込む銀灰色のヴェールが、幻想的な雰囲気を生み出しています。

     


    コロー《アルバーノ湖の思い出》1865-70年 Inv. 887.3.51 ランス美術館 © MBA Reims 2019


     

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    「ランス美術館コレクション 風景画のはじまり コローから印象派へ」
    会期 :2021年11月20日(土)-2022年1月23日(日)
    休館日:月曜、年末年始[12月27日(月)-1月1日(土・祝)]
    ※ただし1月3日(月)、1月10日(月・祝)は開館、1月4日(火)、1月11日(火)休館
    ●1月2日、3日は開館!新年はしずびで!●

     

     

  • 2021年11月10日 フランス近代風景画の展開

    19世紀のフランスで風景画は大きな進展をとげます。官立の芸術機関であったアカデミーでは、古くから絵画ジャンルに序列が設けられ、神話や聖書の物語に取材した歴史画と比べて、風景画や風俗画は劣るものと考えられていました。19世紀初頭になると、こうした状況を打開すべく、アカデミーで風景画の地位向上を目的とした制度改革が実施されます。特別な知識や教養を必要としないこの絵画主題は、フランス革命を機に台頭したブルジョワジーの間で高い人気を博すようになりました。

    さらにこの頃から、風景画の制作方法にも変革がもたらされます。新古典主義の画家たちを中心に戸外での油彩スケッチ制作が流行し、ありのままの自然を写し取る近代的な制作方法の基礎が築かれたのです。1830年代以降、鉄道やチューブ入り絵具の登場によってこの制作方法はさらなる広がりを見せ、とくにパリ南東のバルビゾン村が戸外制作の拠点として栄えました。

    こうした中で画家たちは個性豊かな風景表現を追求しました。コローは旅先で描きためたスケッチをもとに叙情的な風景画を生み出し、クールベは手つかずの自然を荒々しいタッチで描いています。一方、バルビゾン派は田舎の日常風景を絵画化することで、歴史画を重視する風潮に一石を投じました。そしてブーダンやバルビゾン派からの影響のもと、印象派の画家たちは移ろいゆく自然の様相を色とりどりの細やかなタッチで表現するようになります。

    本展ではフランス北東部にあるランス美術館の所蔵品を中心に据え、約70点の出品作によって、新古典主義から印象派に至る風景画史の展開を辿ります。

     


     

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    「ランス美術館コレクション 風景画のはじまり コローから印象派へ」
    会期 :2021年11月20日(土)-2022年1月23日(日)
    休館日:月曜、年末年始[12月27日(月)-1月1日(土・祝)]
        ※ただし1月3日(月)、1月10日(月・祝)は開館、1月4日(火)、1月11日(火)休館
    観覧料:一般1,300(1,100)円、大高生・70歳以上900(700)円、中学生以下無料
    前売券:10月9日(土)-11月19日(金)まで販売
    取扱場所:静岡市美術館、ローソンチケット[Lコード: 43574]、セブンチケット[セブンコード: 090-959]、チケットぴあ[Pコード: 685-787]、谷島屋(パルシェ店、マークイズ静岡店、流通通り店)、MARUZEN&ジュンク堂書店新静岡店、大丸松坂屋静岡店友の会、中日新聞販売店

     

  • 2021年10月30日 「グランマ・モーゼス展」来場1万人を達成!

    10月29日、「グランマ・モーゼス展」の来場者が1万人を達成しました。
    1万人目のお客様は、島田市からお越しのご夫婦。

    お二人とも絵画や音楽がお好きで、時々一緒に展覧会鑑賞に出かけているとのこと。

    本展も開幕当初から楽しみにしてくださっていたそうで、
    今日観ることができてうれしい、とお話しいただきました。

    お二人には、本展主催者、特別協賛社より記念品を贈呈しました。
    おめでとうございます!


    「グランマ・モーゼス展 ―素敵な100年人生」は、11月7日(日)までの開催です。

    70代から独学で絵を描いたアメリカの国民的画家、グランマ・モーゼスの国内16年ぶりの回顧展。あたたかくよろこびに満ちた絵の世界を、この機会にぜひご覧ください。

     

    ◎ご来館の際はマスクを着用いただき、美術館入口にて手指の消毒をお願いします。⇒ご来場の皆様へお願い

    ◎当館ホームページから日時指定制(web予約)もご利用いただけます。ご予約なしでご来館される場合は、受付でその旨お伝え頂き、整理券をお受け取りください。

     

    (m.o)

     

  • 2021年10月07日 グランマ・モーゼス展 作品紹介⑤《来年までさようなら》

    色鮮やかな深いブルーの夜空にまたたく無数の星。月の光に照らされ白銀に輝く木は、羽根のような枝を大きく広げています。目指すは赤い煙突の家でしょうか、左手からトナカイの曳くそりに乗ったサンタクロースが夜空を翔けてきます。辺り一面、青一色の幻想的な光景です。

    アンナ・メアリー・ロバートソン・”グランマ”・モーゼス 《来年までさようなら》
    1960年 個人蔵(グランマ・モーゼス・プロパティーズ、ニューヨーク寄託)© 2021, Grandma Moses Properties Co., NY


    この図は絵本『クリスマスのまえのばん』の挿絵の依頼を受けて描いた連作の一つで、モーゼス最晩年の作品です。実体験を描くことを常としたモーゼスですが、本作では豊かな想像力と美しい色彩感覚が存分に発揮されています。なお絵本は、彼女が亡くってまもなくの1962年に出版されました。

    1960年、モーゼス100歳の誕生日は全米で報道され、歴代大統領からもプレゼントが届くなど国を挙げて祝福されます。やがて衰えを見せながらも亡くなる数か月前まで絵筆を握り、1961年、101歳でその長い生涯を閉じました。家族に、そして国民に愛された画家モーゼスは、日々の暮らしの中にある喜びの風景を絵に描き続け、1600点以上もの作品を世に遺しました。

    (s.o)

     

    「グランマ・モーゼス展 ―素敵な100年人生
    11月7日(日)まで好評開催中!
    休館日:毎週月曜日

     

     

  • 2021年10月06日 グランマ・モーゼス展 作品紹介④《シュガリング・オフ》

    2月、まだ雪が残るメープルの森の中では、木から採取した樹液を煮詰めてシロップや砂糖を作るシュガリング・オフが行われます。

    アンナ・メアリー・ロバートソン・”グランマ”・モーゼス 《シュガリング・オフ》1955年 個人蔵(ギャラリー・セント・エティエンヌ、ニューヨーク寄託)© 2021, Grandma Moses Properties Co., NY


    図の左前景には、煮詰めた樹液を雪に垂らして作るキャンディの完成を待ちわびる村人の姿も描かれています。自給自足の暮らしを彩る貴重な甘味料は、美味しいおやつにもなるのです。

    意外なことにモーゼスは、作品に登場する人や動物、器具などのモチーフを、収集した新聞・雑誌の挿絵や写真を参考に描いていました。本図の手前中央、男性が担ぐ天秤棒からぶら下がるバケツに少年が樹液を流し入れる様子にも参照元があります。自由気ままに描いたと見える彼女の作品は、実は日々の研究に支えられていました。

    90代を迎えたモーゼスは、ドキュメンタリー映画やテレビ、ラジオといったメディアを通じて、今や全米が知る国民的画家となります。しかし、農村での素朴な暮らしは生涯変わることはなく、そのユーモアある飾らない人となりも相まって、ますます人々を魅了していきます。

    (s.o)

     

    「グランマ・モーゼス展 ―素敵な100年人生
    11月7日(日)まで好評開催中!
    休館日:毎週月曜日

     

     

  • 2021年10月05日 グランマ・モーゼス展 作品紹介③《アップル・バター作り》

    モーゼスが暮らした村での晩夏の恒例行事、アップル・バター作りは早朝から始まります。

    アンナ・メアリー・ロバートソン・”グランマ”・モーゼス 《アップル・バター作り》1947年 個人蔵(ギャラリー・セント・エティエンヌ、ニューヨーク寄託)© 2021, Grandma Moses Properties Co., NY


    リンゴとアップル・サイダーと呼ばれる果汁を煮詰めると、真夜中にはどろりとした飴色のペースト状になります。自然の恵みが凝縮された大切な保存食です。作業に勤しむ人々の姿は、その工程を楽しく図解してくれます。画面後方でリンゴを摘む人々、中央で真鍮の深鍋の中を撹拌する人、その手前でリンゴの皮むきが、左手ではアップル・サイダーらしき液体が容器に入れられ、左端には馬力で動かす装置でリンゴを粉砕する様子が描かれています。

    ところで、右前景の赤いレンガ造りの家は、一家が子育て期を過ごしたヴァージニア州の邸宅だといいます。10人の子どもを産み、育ったのは5人と辛い出来事もありながら、モーゼスは人生の終盤に自身の才能を見事に開花させました。1944年より米国各地で展覧会が開催され、さらに名声を高めていくモーゼスは、1949年、89歳で当時の大統領トルーマンより表彰される栄誉にも預かりました。

    (s.o)

     

    「グランマ・モーゼス展 ―素敵な100年人生
    11月7日(日)まで好評開催中!
    休館日:毎週月曜日

     

     

  • 2021年10月03日 グランマ・モーゼス展 作品紹介②《5月:せっけんを作り、羊を洗う》

    1940年、80歳で開いたニューヨークの画廊での初個展をきっかけに、モーゼスは急速に注目を集め、画廊主オットー・カリアーの支援を受けて画家としての道を歩み出します。農村での暮らしの情景を豊かな色彩と素朴な筆致で描いた作品は、懐かしいアメリカの原風景として人々の心を捉えました。

    アンナ・メアリー・ロバートソン・”グランマ”・モーゼス 《5月:せっけんを作り、羊を洗う》1945年 ミス・ポーターズ・スクール、ファーミントン、コネチカット(レイモンド・F・エヴァンス夫人による寄贈)
    © 2021, Grandma Moses Properties Co., NY


    澄み渡る空の下、画面右手で大鍋を火にかけ作業する女性がいます。春の仕事の定番、一年分のせっけん作りの真っ最中です。ためておいた古油と灰汁を煮詰めると茶色いゼリー状の軟せっけんになり、塩か松やにで固めた四角いせっけんも背後で天日干しされています。左手には水の中で羊を洗う男達。刈り取られた羊毛は、様々な衣類の素材になります。農村の生活は基本的にすべてが自給自足です。

    モーゼスは初個展から数年の間で、本作のような雄大な自然の中に人々を点景として散りばめた俯瞰的な風景画のスタイルを確立します。独学ながら奥行きも巧みに表現された、調和のとれた画面構成を見せています。

    (s.o)

     

    「グランマ・モーゼス展 ―素敵な100年人生
    11月7日(日)まで好評開催中!
    休館日:毎週月曜日

     

     

  • 2021年10月02日 グランマ・モーゼス展 作品紹介①《初めての自動車》

    アンナ・メアリー・ロバートソンは、1860年、ニューヨーク州北部の農村に生まれました。

    12歳で奉公に出て、同じ働き手のトーマス・サーモン・モーゼスと27歳で結婚しました。二人はヴァージニア州北端の渓谷近くで農場を手に入れ子どもを産み育て、18年後に帰郷。子ども達が巣立ち、67歳で夫に先立たれたモーゼスは70代にして本格的に独学で絵を描き始めるようになります。

    アンナ・メアリー・ロバートソン・”グランマ”・モーゼス 《初めての自動車》1939年以前 個人蔵(ギャラリー・セント・エティエンヌ、ニューヨーク寄託) © 2021, Grandma Moses Properties Co., NY


    黒いオープンカーに乗り、どこか誇らしげにこちらを見る人々。産業革命がもたらした機械文明の波はモーゼスが暮らす農村にも及び、1913年、一家は最初の車を購入します。ピンクの花木の点描は、絵を描き始める前に得意とした刺繍絵で用いた刺繍技法、フレンチノットステッチの小さな結び玉のようです。

    なお本作は、モーゼスの絵を村のドラッグストアで偶然目にした個人コレクターが、1938年に購入した作品の一つです。彼女の初期作品は、描きたい対象物を画面に大きく配置した小品が多いですが、これはその典型と言えるでしょう。

     

    (s.o)

     

    「グランマ・モーゼス展 ―素敵な100年人生
    11月7日(日)まで好評開催中!
    休館日:毎週月曜日

     

     

  • 2021年09月23日 モーゼスおばあちゃんの絵が語るもの

    グランマ・モーゼスの愛称で親しまれるアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスは、独学で絵を描いたアメリカの国民的画家です。

    制作中のグランマ・モーゼス 1946年 写真:Otto Kallir © 2021, Grandma Moses Properties Co., NY


    70代で本格的に絵筆を取り、1940年、80歳の時にニューヨークで初個展を開いて画家としての道を歩むモーゼスの存在を、テレビやラジオ、雑誌といったメディアが届けると、アメリカ国内で大きな反響が起こります。

    決して順風ばかりでなかった田舎の一農婦としての人生の終盤に彼女がその才能を開花させたことは、何事も遅すぎることはない、という励ましを与えました。また、毎年着実に年を重ねていく姿は、大きな希望となります。何より、彼女が繰り返し描いたアメリカ北東部の農村の情景が、懐かしい原風景として人々の心を捉えました。

    2月、まだ雪深いメープルの森に人々が集い、樹液を採取してシロップや砂糖を作るシュガリング・オフが行われます。
    5月には灰汁と古油で1年分のせっけんが作られます。せっけんは羊の毛洗いにも使われ、刈り取った羊毛で様々な衣類が編み上げられます。
    晩夏には村の一大行事、アップル・バター作りが行われます。早朝からりんご液とりんごが煮詰められ、真夜中にはどろりとしたアップル・バターが出来上がるのです。
    10月には仮装して悪霊を追い払うハロウィーン、11月の感謝祭では七面鳥を食べ、12月、森で調達したモミの木を飾ってクリスマスを迎えます。

    大人も子どももみな協力して自給自足の暮らしを送っていた時代、それはモーゼスの生活そのものであり、彼女が描いたすべてでした。生きる喜びとは、いつの時代も変わらず、日々の暮らしの中にある。そのことをモーゼスの絵は、温かく力強く、私たちに語りかけてきます。

     

    (s.o)

     

    ◎開催中◎

    「グランマ・モーゼス展 ―素敵な100年人生
    会期:2021年11月7日(日)まで
    休館日:毎週月曜日

     

     

  • 2021年08月27日 没後70年 吉田博展 作品紹介⑤《陽明門》

    吉田博は版画制作の際、下絵の段階から最終的な色合いを構想し、版を重ねるための色の分解を考えました。制作に先立つ、この色分解こそが、版画の成否を決める重要なプロセスだといいます。多くの作品は12面から20面ほどの版木を用いて、30数回程度摺り重ねています。

    本作品は、吉田博の版画の中でも最も多い96度摺り。どのように色が組み合わされたのか、完成作から読み取ることは不可能です。複雑な建物の陰影は非常に深い色を呈し、神秘的な雰囲気すら漂います。

    《陽明門》 昭和12(1937)年


    (k.y)

     

    没後70年 吉田博展
    会期:2021年6月19日(土)~8月29日(日) ※月曜休館