• 2021年05月29日 吉田博と木版画

    福岡県に生まれた吉田博は、洋画を志して明治27(1894)年に上京、明治32(1899)年には日本で描きためた水彩画を携えて渡米し、自作を販売して渡欧資金を作るという快挙を成し遂げます。
    ヨーロッパ各地をめぐり明治34(1901)年に帰国すると、太平洋画会や文部省美術展覧会を舞台に活躍しました。

     

    油彩画、水彩画を中心に描いていた吉田の転機は、大正12(1924)年12月からの外遊でした。
    関東大震災の被災画家救済のため、仲間の画家たちの作品を携えて渡米し、翌大正13年から約1年間をかけてボストン、シアトル、シカゴなど各地でチャリティー販売の巡回展を開催しました。
    しかし、震災のニュースから時間が経っていたこともあり、絵の売れ行きは芳しくなかったといいます。
    唯一好評だったのは、吉田が原画を描き、渡邊木版店という版元から出版した木版画でした。
    すでにアメリカでは伊東深水や川瀬巴水ら日本画系の画家による木版画が人気を博していたといいます。

     

    帰国後、吉田は版元を頼らず、自ら彫師と摺師を抱えて木版画制作に乗り出します。
    また、自分でも職人に負けない技術を身につけました。
    そうして誕生したのが、伝統木版の技法と西洋式の写実的な描写を融合した独自の木版画でした。
    淡い色を何度も摺り重ね、複雑な色合いを摺り出す手法を完成させた吉田博は、時間や天候によって表情を変える大気や雲、光、水面の反射などを縦横無尽に表現しました。
    たとえば、連作《帆船》では、同じ版木を用いてさまざまな色のヴァリエーションを摺り出し、6種類の異なる情景が表されています。

    吉田博《瀬戸内海集 帆船 朝》  大正15(1926)年

    吉田博《瀬戸内海集 帆船 夜》  大正15(1926)年

     


    今回の展覧会には、吉田が49歳から70歳までのおよそ20年間に制作した約250種類の版画のうち、200点ほどが出品されます。
    バレンの圧力で作られる立体感や、96度刷りの重厚感あふれる色彩など本物ならではの質感、木版画としては破格の特大版の迫力などをぜひ会場でお確かめください。

     

    (k.y)

     

    没後70年 吉田博展

    会期:2021年6月19日(土)~8月29日(日)
    *会期中、一部展示替えがあります(前期7/25まで、後期7/27から)
    休館日:毎週月曜日(ただし8月9日(月・休)は開館)、8月10日(火)
    観覧料:一般1,300(1,100)円、大高生・70歳以上900(700)円、中学生以下無料
    前売券:5月22日(土)〜6月18日(金)まで販売
    取扱場所:静岡市美術館、ローソンチケット[Lコード:41943]、セブンチケット[セブンコード:089-004]、チケットぴあ[Pコード:685-621]、谷島屋(パルシェ店、マークイズ静岡店、流通通り店)、MARUZEN&ジュンク堂書店新静岡店、大丸松坂屋静岡店友の会、中日新聞販売店

     

  • 2021年04月25日 観察から生まれる美

    英国王立植物園「キューガーデン」は、1759年、当時の皇太子妃で後のジョージ3世の母オーガスタ妃が造った9エーカーの庭園から始まりました。
    その後、ジョージ3世とその妃シャーロットの時代には庭園が拡張され、植物学者のジョセフ・バンクスが庭園の監督者として登用されます。
    バンクスは、自らクック艦長によるエンデバー号航海に同行したり、プラントハンターたちを世界各地へ派遣するなどして様々な植物を収集し、キューに集約させました。
    植物画(ボタニカルアート)は写真誕生以前の記録媒体としての役割を担い、自然科学の興隆と一体化しながら発展してきました。


    フランツ・アンドレアス・バウアー《ゴクラクチョウカ (ストレリチア・レギネ)(ゴクラクチョウカ科)》
    1818年 石版画、手彩色、紙 キュー王立植物園  ©The Board of Trustees of the Royal Botanic Gardens, Kew


    植物画が、いわゆるファインアートと本質的に異なるのは、科学的視点から描かれている点にあります。
    その植物の特徴がわかり、何の種であるか同定できるよう、正確に写されていることが何よりも求められます。
    また、植物画は基本1つの種で1つの画面が構成され、背景は描かれません(本展では美しき例外の植物図譜『フローラの神殿』も出品されます)。
    そのため、どれも均質な画面のような印象を受けるのですが、丁寧に眺めてみると、植物をやや下から見上げた角度で描いていたり、形態をきちんと見せるために葉の向きが考慮されていたりと、意外にも描き手たちの“編集された視点”が存在することに気がつきます。

     

    科学的視点と芸術的視点。
    私たちが植物画に魅了されるのは、精緻な描写のなかにこの両義性を見出すからかもしれません。
    そして、芸術の本質が、西洋哲学で謂うところのミメーシス(模倣)にあるとするならば、芸術家と科学者は対極ではなく、「観察」を通して世界の真理に近づこうとした点で共振する存在といえるでしょう。

     

    (a.i)


    展覧会「キューガーデン 英国王室が愛した花々 シャーロット王妃とボタニカルアート」

    会期:2021年4月15日(木)~6月6日(日)
    休館日:毎週月曜日(ただし祝日の場合は開館)、5月6日(木)臨時休館

     

  • 2021年02月18日 「古代エジプト展」 来場3万人を達成!

    本日2月18日(木)に、「ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展」の来場者が、3万人を達成しました!

    3万人目のお客様は、浜松市からお越しのご家族。
    「テレビCMなどで展覧会を知ました。ミイラを見たことがないので楽しみです」とお話しいただきました。

    お客様には、当館館長から「古代エジプト展」の図録と記念品を贈呈しました。
    おめでとうございます!


    「古代エジプト展」は、3月31日(水)までの開催です。
    閉幕が近くなりますと混雑が予想されますので、お早目のご来館がおすすめです。
    なお、美術館内の混雑緩和のため、日時指定予約制度を導入しています。
    当館ホームページより、事前の日時指定予約をお願いいたします。
    インターネット予約が難しい方のために「当日枠」の用意もございますが、予約の方が優先のため当日の状況によっては、希望の日時にご鑑賞いただけない場合があります。

    ◆日時指定予約はこちら
    https://shizubi.jp/exhibition/20201219_egypt/201219_04.php
    ◆エジプト展の来館状況(2月の見込み)についてこちら
    https://shizubi.jp/important_notices/3213/

     

    (k.t)

     

  • 2021年01月08日 「古代エジプト展」 来場1万人を達成!

    本日1月8日(金)に、「ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展」の来場者が1万人を達成しました!

    1万人目のお客様は、小学生の頃からエジプト史にご興味があり、
    全国各地のエジプトに関する展覧会を巡られているご家族でした。
    「一年前に展覧会の情報を得て、今回のミイラの展示を一番楽しみにしていた。」とのことです。

    お客様には、当館館長から「古代エジプト展」の図録と記念品を贈呈しました。
    おめでとうございます!またのご来館をお待ちしています!


    「古代エジプト展」は、3月31日(水)までの開催です。
    ヨーロッパの5大エジプト・コレクションで知られるオランダ・ライデン国立古代博物館は、
    世界で最も古い国立博物館の一つです。
    本展では、質量ともに優れた古代エジプト・コレクションより、
    人や動物のミイラや棺、石碑、貴重なパピルスなど約250点を厳選し古代エジプトの世界を展観します。
    また、本展に出品されるミイラのCTスキャンの成果を世界初公開するなど、
    最新の科学技術による、当時の人々の医学的な知識やミイラ作りの過程、
    色やかたちに対する美意識なども解き明かします。
    この機会にぜひご覧ください!

    閉幕が近くなりますと大変な混雑が予想されますので、お早目のご来館がおすすめです♪
    なお、ご来館の際には当館のホームページより日時指定予約をお願いいたします。

     

    (k.t)


    静岡市美術館開館10周年記念
    中日新聞東海本社40周年記念
    ライデン国立古代博物館所蔵
    古代エジプト展

    会期:2020年12月19日(土)〜2021年3月31日(水)
    観覧料:一般1,500円、大高生・70歳以上1,000円、中学生以下無料
    *障がい者手帳等をお持ちの方及び介助者原則1名は無料

    詳細はこちらをご覧ください。⇒
    「ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展」

     

  • 2020年12月23日 「しずび初の文明展」

     

    静岡市美術館では開館10周年を記念して、12月19日(土)より、初の文明展となる「ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展」を開催しています。
    ここでは展覧会の見どころを3つにわけて紹介します。

     

    1、世界屈指のエジプト・コレクションが来日!
    世界最古の国立博物館の一つ、オランダ・ライデン国立古代博物館は、2万5千点ものエジプト遺物を所蔵し、ヨーロッパ五大エジプト・コレクションで知られます。本展では、人や動物のミイラや棺、石碑、パピルスなど約250点を厳選し、3000年に及ぶ古代エジプトの世界に迫ります。

     

    2、本展出品のミイラをCTスキャン、その成果を世界初公開!
    ライデン国立古代博物館では、1818年の創設以降、遺跡の発掘や調査・研究を行い、次々と古代エジプトの謎を明らかにしてきました。近年では、最先端の科学技術を用いて所蔵品の調査も進められています。本展の開催に合わせて出品されるミイラの調査も行われ、コンピューター断層撮影(CTスキャン)が行われました。本展ではその解析結果を世界初公開しています。

     

    3、圧巻の立体展示!多彩な棺が一堂に
    永遠の生を信じた古代エジプトの人々にとって、死は来世への一時的な通過点でした。死後ミイラになるのもその一つですが、ミイラを納めた棺は物理的にも呪術的にもそれを保護する重要なものでした。棺は表面だけでなく内側や側面も色彩豊かな美しい装飾が施され、いずれも呪術的な意味が込められています。通常寝かせて展示される棺を、本展では出品する14点のうち10点を立てて展示します。さまざまな棺を細部まで鑑賞できる貴重な機会です。
    本展は歴史、美術、科学とさまざまな視点からエジプトを紹介する新しい視点の展覧会です。ぜひ会場にお越しいただき、古代エジプトの魅力をじっくりお楽しみください。

     

     

    展示室内の様子(棺10点の立体展示をパノラマ撮影!棺に囲まれるような空間になっています)

     


    (s.o)


    静岡市美術館開館10周年記念
    中日新聞東海本社40周年記念

    ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展

    会期:2020年12月19日(土)〜2021年3月31日(水)
    観覧料:一般1,500円、大高生・70歳以上1,000円、中学生以下無料
    *障がい者手帳等をお持ちの方及び介助者原則1名は無料

    詳細はこちらをご覧ください。⇒「ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展」
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  • 2020年11月11日 2020年11月11日 「絵本画家・赤羽末吉展」 来場1万人を達成!

    本日11月11日(水)に、「絵本画家・赤羽末吉展 『スーホの白い馬』はこうして生まれた」の来場者が1万人を達成しました!

    1万人目のお客様は、掛川市からお越しの富田さんご夫婦。


    いつもお孫さんに『したきりすずめ』などの絵本の読み聞かせをしているそうです。
    『スーホの白い馬』に描かれたモンゴルの壮大な風景も印象的だったとお話しいただきました。
    お二人には、当館館長から絵本画家・赤羽末吉展の図録と記念品を贈呈しました。おめでとうございます!
    またのご来館をお待ちしています!

    「絵本画家・赤羽末吉展」は、11月29日(日)までの開催です。
    50歳のときに絵本画家としてデビューを果たした赤羽末吉(1910-1990)は、モンゴルの雄大な風景を描いた『スーホの白い馬』などで知られています。
    本展では『スーホの白い馬』誕生の軌跡を探るとともに、ちひろ美術館所蔵の絵本原画やデビュー以前に描かれた作品約300点をとおして、赤羽の画業の全体像をご紹介します。
    この機会にぜひご覧ください!

    閉幕が近くなりますと混雑が予想されますので、お早目のご来館がおすすめです♪
    なお、ご来館の際には日時指定予約をお願いいたします。

    (k.t)

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    静岡市美術館開館10周年記念
    生誕110年・没後30年
    絵本画家・赤羽末吉展
    『スーホの白い馬』はこうして生まれた

    会期:2020年10月3日(土)〜11月29日(日)
    観覧料:一般1,200(1,000)円、大高生・70歳以上800(600)円、中学生以下無料
    *( )内は前売料金
    *障がい者手帳等をお持ちの方及び介助者原則1名は無料
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  • 2020年09月09日 2020年9月9日 「ショパンー200年の肖像」展 来場1万人を達成!

    本日9月9日(水)に、「ショパンー200年の肖像」展の来場者が1万人を達成しました!

    1万人目のお客様は、静岡県内からお越しの塩澤さん親子。
    お母様は普段ピアノを教えていらっしゃるため、展覧会の内容に関心を持たれたそうです。
    展示をご覧になり、「ショパン本人の左手像やデスマスクを見て『じーん』ときた」との感想をいただきました。
    お二人には、当館館長からショパン展の図録と記念品を贈呈しました。
    またのご来館をお待ちしています!

     


    「ショパンー200年の肖像」は、9月22日(火・祝)までの開催です。
    閉幕が近くなりますと混雑が予想されますので、お早目のご来館がおすすめです♪

    (k.t)

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    「ショパンー200年の肖像」
    会期:2020年8月1日(土)~9月22日(火・祝)
    観覧料:一般1,200(1,000)円、大高生・70歳以上800(600)円、中学生以下無料
    *( )内は前売りおよび当日に限り20名以上の団体料金
    *障がい者手帳等をお持ちの方及び介助者原則1名は無料
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  • 2020年05月14日 ブログで展覧会気分(4)

    4回目の原稿を書いている本日、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、静岡市の公共施設の休館延長が発表となりました。本展は休館のまま閉幕を迎えることになります。

    版画など光に弱い作品は、作品保護の観点から長期間展示することが出来ません。本展でも、会期半ばで展示替えを行う予定でした。そのため、現在の展示室には飾られていない作品もあります。
    しかも、チラシでこんな風に紹介していたものも…。


    「初登場」は果たせませんでしたが、登場予定だった展示室はこちらです。
    19世紀後半にヨーロッパでの日本美術への関心をかき立てた琳派の版本、型染めの型紙、浮世絵という3つの要素を紹介する序章の一部です。

     
    展示風景。ケース内は『冨嶽百景』(千葉市美術館)、『伝神開手北斎漫画』(千葉市美術館、ラヴィッツコレクション)。
    壁面は左から葛飾北斎《冨嶽三十六景 相州七里浜》(千葉市美術館)、葛飾北斎《冨嶽三十六景 隠田の水車》(千葉市美術館)、歌川広重《東海道五十三次之内 浜松 冬枯ノ図》

    葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》は、現代でも世界的に人気が高い作品ですが、19世紀後半のヨーロッパでも画家たちの目を惹いたようです。そのことを物語る作品がこちらです。チェコの美術の革新を目指して1887年に創立された「マーネス美術家協会」の展覧会を告知するためのポスターです。

     
    アルノシュト・ホフバエル《「マーネス美術家協会第2回展覧会」ポスター》1898年 チェコ国立プラハ工芸美術館

    大きな波にさらわれそうになる人物に、救命の浮き輪が届こうとしています。大胆な波の表現に北斎の「浪裏」が連想されます。

    船首の紋章の「S」「M」はマーネス美術家協会の頭文字、帆には「トピチェのサロン」と展覧会場名が記されています。下部には「マーネス美術家協会第2回展覧会」の文字と会期(11月3~30日)があしらわれています。保守的な美術界で溺れあがく芸術家に、先鋭的なマーネス美術家協会が救いの手を差し伸べるという象徴的な意味が込められています。

    このポスターを描いたプラハ出身の画家で装飾美術家のアルノシュト・ホフバウエルは、プラハ美術工芸学校在学中から日本の浮世絵版画を集めていたといいます。本展には1898年から99年にかけてホフバウエルが描いたポスターが出品されていますが、これらのポスターの構図にも浮世絵の影響が感じられます。さらに、ホフバウエルは、1908年にマーネス美術家協会の機関誌『ヴォルネー・スムニェリ』に北斎や歌麿について論考を寄せてもいます。

    展示室では、このホフバウエルのポスターを、北斎と広重の浮世絵版画が並ぶ壁のちょうど向かい側に配置しています。部屋の中央には北斎の版本や『ヴォルネー・スムニェリ』を置きました。浮世絵とチェコのポスターとが響き合う空間をお楽しみいただこうという趣向です。

     
    展示風景。

    ところで、このホフバウエルのポスターは前回のブログで触れたように1901年の白馬会第6回展ミュシャらのポスターとともに出品され、ヨーロッパの最新流行を示すグラフィックとして日本にインパクトを与えたのでした。

    日本美術の刺激から生まれたヨーロッパのポスターが、さらに日本へともたらされ、新しいイメージが生み出される。展示を通じてこのうねりを直接感じていただけないのが残念でなりませんが、本連載を通じて、めぐるジャポニスムの面白さを少しでもお伝えできれば幸いです。

     
    展示風景。ケース内は右から杉浦非水装幀の菊池幽芳著『百合子』(愛媛県美術館)、橋口五葉装幀の夏目漱石著『虞美人草』、『モリエエル全集』(いずれも個人蔵、千葉市美術館寄託)。

     

    (k.y.)

  • 2020年05月06日 ブログで展覧会気分(3)

    臨時休館中に展覧会気分を味わっていただく企画、3回目は『明星』と藤島武二をご紹介します。

    『明星』は、与謝野鉄幹が結成した東京新詩社の機関誌として1900年に創刊されました。与謝野晶子の情熱的な短歌に代表される新時代の文芸を育んだばかりでなく、表紙絵や挿絵などを通じて新しい視覚イメージを明治後期の世に送り出した雑誌です。

    会場風景。『明星』各号が並ぶケース。


    明治、大正、昭和を代表する洋画家のひとり、藤島武二は、1901年から『明星』の表紙絵や挿絵を手がけました。同年3月発行の『明星』第11号からの表紙には、金星のシンボルが記された星を額に戴く、夢見るような表情の女性の顔が描かれています。上部には別枠で変体仮名を交えて「みやうじやう」、すなわち「みょうじょう」という誌名がデザイン化されています(右から左へ読みます)。

    藤島武二《明星(『明星』第13号表紙)》1901年 個人蔵


    六芒星や百合といったモチーフ、文字と枠による巧みなデザイン化、太い輪郭線で人物の形を際立たせる手法など随所にミュシャらによるアール・ヌーヴォーのグラフィックの影響がうかがわれます。明星とは日本では金星のことを指し、金星は西洋では美の女神ヴィーナスと同一視されます。ジャポニスムの時代にパリで誕生したミュシャの女性像が、めぐりめぐって藤島の絵の中で、日本の『明星』を象徴する美の女神として生まれ変わっているようにも見えます。

    アルフォンス・ミュシャ《「椿姫」ポスター》(部分)1896年 京都工芸繊維大学美術宇工芸資料館


    アルフォンス・ミュシャ《春〈四季〉》(部分)1901年 インテック


    会場風景。藤島武二の挿絵や装幀。


    手前左から与謝野晶子『みだれ髪』1906年(1901年初版) 個人蔵
    与謝野鉄幹・晶子『毒草』1904年 和歌山県立近代美術館
    与謝野晶子『小扇』1905年(1904年初版) 千葉市美術館
    『中学世界』第8巻第5号 1905年 個人蔵
    奥、3冊とも川上瀧彌・森廣『はな』1902年 個人蔵

     

    藤島は『明星』の歌人たちの歌集の装幀も行いました。与謝野晶子の代表作『みだれ髪』もその1冊です。展示室では、東西の要素が融合した藤島の意匠をお楽しみ頂こうと、藤島の装幀本を一つのケースに集めています。ところで、ケースの奥に見えるのは長原孝太郎の作品で、右端の額は1901年10月に開催された白馬会第6回展のポスターです。この展覧会に藤島武二も長原孝太郎も出品していますが、さらに、洋行した画家たちが持ち帰った外国のポスターも一緒に展示されていたことが分かっています。第6回展にはパリで活躍していたミュシャや、ウジェーヌ・グラッセやアレクサンドル・スタンラン、そしてチェコのアルノルシュト・ホフバウエルのポスターが展示されたことが分かっています(ホフバウエルのポスターについては次回ブログでご紹介予定です)。

    余談ですが、その前年の白馬会第5回展が開催されたのは1900年。ちょうど来日中だったオルリクは白馬会展に出品し、『明星』に版画を寄稿しています。日本でいち早くミュシャを受容した藤島や長原は、実はオルリクとも交流がありました。チェコのプラハ国立美術館には、来日の記念にと藤島がオルリクに献辞を記して贈った『宋紫石画譜』が所蔵されています。

     

    (k.y.)

     

  • 2020年05月02日 ブログで展覧会気分(2)

    臨時休館中に展覧会気分を味わっていただく企画、2回目の本日は、ミュシャと並び本展の軸となる、エミール・オルリクを紹介いたします。

    エミール・オルリクはプラハに生まれ、ミュンヘンで主に銅版画を学びました。やがて木版にも関心を持ち、日本の錦絵に憧れたといいます。来日前には、ベルリンで限定発行されていた高級美術雑誌『パン』やミュンヘンで発行されていた美術雑誌『ユーゲント』などで銅版画を発表したり、ウィーン分離派展には第1回から参加するなど活躍していました。

    03. 展示風景_めぐるジャポニスム展.JPG

    展示風景。手前はウィーン分離派の機関誌『ヴェル・サクルム』第2年次第9号(和歌山県立近代美術館)、オルリクの作品が掲載されているページ。左隣の第1年次第11号(宮城県美術館)の表紙画はミュシャによるもの。展示ケースの後ろに見える水色の壁にはオルリクの作品が掛かっています。

    1900年4月に来日したオルリクは、日本画の筆法や、彫師、摺師の分業による浮世絵版画の技法を学ぶとともに、日光、箱根、静岡、京都、奈良など日本各地を訪問しました。また、この年の9月から10月にかけて開催された白馬会第5回展に銅版画、木版画、水彩画、パステル画などを出品したことも知られています。約10ヶ月の滞在後、帰国したオルリクは、自作と日本での収集品によってヨーロッパの木版表現に新風をもたらすことになります。

    《富士山への巡礼》はこの滞日の成果を示す作品の一つです。白装束に身を包んだ人々が目指すのは、画面右上に白く表された富士山です。菅笠をかぶり、着ござで身体を覆うなど明治時代の富士詣での風俗が捉えられています。橙色の空、緑色の土手、人々の装束の白と黄色といった明澄で多彩な色あいは、来日前のオルリクの木版画にはなかった特徴です。

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    エミール・オルリク《富士山への巡礼》1901年 パトリック・シモン・コレクション、プラハ

    またオルリクは東京で木版画のほかに自画石版も試みました。石版、すなわちリトグラフが石版工による複製印刷技術とみなされていた東京で、オルリクは自ら版に描画し、詩情あふれる東京風景を制作しました。《東京の通り》には色とりどりの暖簾を掛けた商店が並ぶ通りが明るい色調で描かれています。画家の手の動きがそのまま反映された写実的なスケッチですが、「古市」と染め抜かれたのれんの下に見える表札には、「ヲールリク」とカタカナで名前を入れる遊び心も発揮されています。

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    エミール・オルリク《東京の通り》1900-01年 宮城県美術館

    石版工だった織田一磨は印刷所でオルリクの石版画を目にして感銘を受け、後に東京や大阪の風景の連作版画を制作します。オルリクの自画石版は、芸術表現として版画を作ろうとした日本の画家たちに大きな影響を与えたのです。

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    展示風景。織田一磨の東京風景(千葉市美術館)、大阪風景(個人蔵)の連作。

     

    (k.y.)